嫌なら買わなければいいだけなのに規制しろ!と声高に主張する人たちに言いたいこと

今回言いたいことを要約すると次のとおりです。

・何が幸せか、満足かは自分で決めること

・自由な取引は必ず双方にとって得

規制緩和こそが成長政策の基本

結論:規制はできる限り最小限にとどめたほうが良い

 

何が幸せか、満足かは自分で決める

 これとかその典型ですね、規制派はいつも加害者と被害者の構図を作り上げて規制をしようとします。

しかし実際にはそうではありません、詳しくは後で話しますが自由な取引は必ず双方にとって得なのです。仮に世の多くの女性が騙されているのだとしてもそれは悪いことではありません。女性は美容商品を買い、痩せたり自分をモデルに近づけることで幸福感を得ています。だからこそお金を払って美容商品を買うのです。

 

それを規制派は「けしからん、こんなのは騙されているだけだ。だから規制すべきだ。」と考えるのでしょうが、その人の真の幸福や真の満足や正しい価値を決めるのはその人自身なのであって政府が規制するべきことではないのです。

 

それは歴史も証明しています、20世紀にはソ連を中心とした社会主義国がたくさんありましたが、そのうちの一つに宗教弾圧がありました。唯物史観の話などを始めると長くなるので割愛しますが、「宗教はけしからん、ただの搾取だ」と言う理由で宗教弾圧を行ったのです。政府が規制をし、人々を正しい方向に導いてあげてやるという傲慢さがありました。結果的に社会主義国の殆どが崩壊し、今現在社会主義で国家を運営している国は非常に少ないです。

 

失敗した大きな理由に政府や官僚が個人の幸福感の基準を知るよしがなかったことです。宗教の話で例えると、他人から見ると宗教を信じて多額のお布施をしている人は不幸なように見えることが多いでしょう、しかし本人は幸せだからこそ宗教を信じているし、多額のお布施をしているのです。

 

仮に本人が満足だと思っているのなら、それが本人にとっての満足です。それを主観価値説といいます。満足かどうかは自分で決めることです。個人の内面に政府が介入することは思想信条の自由に反するでしょう。

 

美容業界の広告を見て女性が痩せたいと思い美容商品を買うこともある種の宗教でしょう。こうした思想信条の自由に政府が介入するべきではない、要は規制するべきではないということです。

 

次に自由な取引は必ず双方にとって得だということです。

マンキュー経済学という有名な本があるのですがそこで経済学の10大原理を掲げていました。その第5原理がそれです。

これだけだとあまりピンとこないかもしれませんので具体例を紹介します。

 

魚を欲しがっている米農家と米を欲しがっている漁師がいます。
その二人で魚1匹と米1合を交換したとします。米農家からしたら魚1匹の価値は米1合の価値より大きいし
漁師からしたら米1合の価値は魚1匹の価値よりも大きいのです。つまりふたりとも得をしているのです。

 

要は売る側は売ったら得だと思うから売るんだし、買う側も同様に買ったら得だと思うから買うのです。

 

厳密には機会費用と比較優位の考え方を用いる必要があるのですが、今回の記事では割愛します。

 

美容業界とダイエットする女性の関係も同様です。美容業界はダイエット商品を売りたいと思い広告を流します。ダイエットする女性はその広告を見てモデルに憧れて美容商品を買ったりします。双方とも得をしているのです。

 

次に規制緩和こそが成長政策の基本だということについてです。

成長政策は経済政策のうちのひとつです。経済政策は成長政策と安定化政策と再分配政策の3つに分類されます。

そのうちの成長政策は規制緩和が良いとされています。成長政策は民間主導の自由化路線とお役所主導の産業政策路線の二つに大別されるのですが、産業政策路線は失敗しやすいし失敗したときのコストが大きいので推奨されません。

 

政府が率先した事業をみるとよく分かると思います。1980年代にスキー場やゴルフ場やホテルを官僚主導で作りましたが、今では殆どが閑散としています。安倍政権ではクールジャパン機構なるものを作りましたが失敗しました。アベノマスクも品質が悪い上に供給も遅いです。これはお役所が悪いというわけではなく当たり前のことです。いくら東大卒のエリートを集めた官僚とは言えビジネスについてはド素人です。料理人の腕前や接客技術なんてものは個々人が持っているものです。だからこそ成長政策は規制緩和をし、自由に商売ができるようにすることが重要なのです。

 

まああれだ、政治家が規制をして民間のビジネスの邪魔をするなんてたいてい害悪にしかならないんだから独善的な正義感を振り回して規制をしようなんてことはやめるべきだってことだよ。

現代のフェミニズムの問題点は国家による規制を求めている点

フェミニストの主張は色々あります。
例えば
「企業で女性にパンプスを強いるのを禁止にしろ!」や
「アニメの巨乳はけしからん!規制しろ!」や
「売春はけしからん!規制しろ!」などです
全く異なった主張に見えますがそれらの主張を抽象化すると国家による規制という共通項を見出すことができます。
もちろん例外はありますし昔のフェミニズムではむしろ国家による規制を廃する方向性が強かったのです。
例えば
「男にしか選挙権がないのはおかしい!女性にも選挙権を与えて!」という主張はその典型でしょう。
何故フェミニズムの本質が規制撤廃から規制強化に移ってしまったのかというと、現代では国家による男女平等は既に殆どが実現されているからです。
例えば現代では男女で選挙権の差別はありません。

 

国家や法による男女差別はないにしても、企業では制服が強制させるじゃないかとか
売春は性的搾取だとか色々言い分があるのでしょうがどちらも見当違いです
売春は取引なのであって搾取ではありません
売る側も買う側も得をしているWin-Winの関係なのです。
経済学の大原理の一つに
交易(取引)は全ての人をより豊かにする
というものがあります。
言い換えると自由市場においては買う側も売る側も得をしないと取引が発生しないということです。
わかりやすい例で例えると魚を欲しがっている米農家と米を欲しがっている漁師がいます。
その二人で魚1匹と米1合を交換したとします。米農家からしたら魚1匹の価値は米1合の価値より大きいし
漁師からしたら米1合の価値は魚1匹の価値よりも大きいのです。つまりふたりとも得をしているのです。

 

企業と労働者間でも自由な取引でかつどちらも得をしています。
企業からしたら労働者を雇うことで得をすると思ったから雇いますし
労働者からしても働いて得られる給料が得だと思うからこそ働くのです。
ですので企業による規則にあれこれ言うのは筋違いです。その規則が嫌なのなら
その企業に就職しなければよいのです。駄目な企業は勝手に淘汰されていくので
わざわざ国が口を挟む必要性はありません。

 

はっきりいってフェミニストの方が靴を企業に強制されるのが嫌だとか
売春がけしからんと思っているからといってそれを規制するよう国を動かそうとするのは
行き過ぎたパターナリズムです。独善的なのです。
靴を企業に強制されるのが嫌ならその企業に就職しなければよいだけですし、
多くの女性が本当にそう思っているのならばそうした企業は勝手に淘汰されていくだけです。
国家が独善的な価値観に基づいて規制をしてもろくなことにならないことが多いのです。

 

国による規制を強化するということは国の権限を大きくすることとなります
そして日本は権限の面では大きな政府です。
権限の面で大きな政府の国で成功している国はあまりありません。
権限を極小する、つまり規制緩和をすることこそが成長政策としていちばん大切なことなのです。

第二次安倍政権の経済政策の良い点悪い点

この記事の要約

安倍政権の良かった点は成長政策と財政政策と金融政策をバランス良く掲げた点

安倍政権の悪かった点は

・成長政策が産業政策路線で行われてしまったこと

・財政政策と言えば公共事業、公共事業と言えば建築という時代遅れな価値観

増税

 

 

第二次安倍政権の経済政策への考察をする前にまずは経済政策の基本と分類についておさらいします。

 

まず、経済政策とは、成長政策と安定化政策と再分配政策の3つに大別されます。

これらの政策を語る前に潜在GDPと現実のGDPとを区別する必要があります。

現実のGDPとはそのままのGDPという意味なのですが、GDPの意味を知らない人のために簡単に説明するとGDPとは国内で一年間に生産された付加価値の総額です。

 

例えばあなたがうどん製麺所を経営しているとしましょう、他の誰かが作った小麦粉などの原材料を仕入れて、製麺機や各種調理器具などの道具や設備を用いて生産し、それを販売することで付加価値を生んでいます。こうした生産設備のことを経済学用語で「資本」と呼びます。それと「労働力」を投入することでうどんを生産しているのです。

 

それと「技術」も大切です。例えばプロの職人が作ったうどんは1玉1000円で売れるかもしれませんが、素人のあなたが作ったうどんは10円でも売れないかもしれません。

「労働力」と「資本」と「技術」の三要素が揃うことで付加価値を生み出す、つまりはGDPを成長させるというわけです。

 

潜在GDPとは、資本や労働力や技術を無理なくフル活用して得られるだろうGDPのことをいいます。

潜在GDPより現実のGDPのほうが高いことを好景気、逆に低いことを不景気といいます。

 

そして成長政策とは潜在GDPを成長させること、つまりは労働力や資本や技術を強化する政策のことをいいます。安定化政策とは、現実のGDPが潜在GDPから極端にずれないように安定させようとする政策のことで財政政策と金融政策の2つが代表的です。

 

第二次安倍政権の良かった点は成長政策と財政政策と金融政策と再分配政策をバランス良く打ち出したことです。特に金融政策は画期的でした。

 

小泉政権~第一次安倍政権の頃は成長政策が重視され、民主党政権時代には再分配政策が重視されましたが、小泉政権は格差拡大に足元を掬われ、民主党政権は再分配をしようにも無い袖は振れなかったために支持を失いました。

 

3つの政策をバランス良く掲げた政権は日本では初めてなのではないかと言うほどの快挙です。

しかし安倍政権の経済政策がお世辞にも上手くいったとは言えない結果に終わった原因は成長政策と財政政策と増税に問題があったからだと思います。

 

そもそも成長政策とは、自由化路線と産業政策路線があるのですが、産業政策路線はほぼほぼ上手く行かないということです。80年代にこれからはリゾート開発だとゴルフ場やホテルを建設しまくりましたが今ではガラガラです。安倍政権の場合はクールジャパン機構を作ったりオリンピックを計画しましたが尽く失敗しました。仮にオリンピックが延期にならなかったとしても費用対効果は間違いなく大赤字だったでしょう。

 

それとオリンピックは財政政策の側面もあるのですがその側面で見ても大失敗なのですがそれは少し後で解説します。

 

ですので成長政策は自由化路線一択であるべきなのです。具体的には規制緩和を行い民間が自由にビジネスをすることができる環境を作ってあげることこそが政府がするべきことなのです。政治家や官僚は政治のプロなのであってビジネスのプロではありません。ビジネスは民間のビジネスのプロに自由に任せたほうがたいてい上手くいくものです。

 

財政政策の問題点は、そもそも財政政策の目的は何なのかという問いに立ち返るとよくわかります。

財政政策の一番の目的は失業者を減らすことです。そう考えるとオリンピックや公共事業(建設業)がいかに的はずれなのかよくわかります。

 

そもそも現代の日本の建設業は人手不足な産業です。成り手が減っている上に東日本大震災による復興需要が増しているため、オリンピックなどでさらに需要を増やす必要性はまったくないのです。むしろ震災の復興の邪魔になるわ、失業者を減らすために使えたはずのお金が無駄になるわで無駄でしかないのです。

 

これは産業政策路線の失敗の話ともつながるのですが、政府はビジネスが下手なので具体的なビジネスにはあまり口を挟まないほうが良いとするのが現代の主流派経済学者の考えです。

 

そして金融政策だけは効果を上げていたのですがそれを台無しにしたのが増税ですね、せっかく市場にばらまいたお金をわざわざまた回収してしまうなんて馬鹿げています。

 

というわけで政策の方向性自体は良かったのですが、その具体策が駄目駄目で上手く行かなかったのが安倍政権の経済政策だと思います。